プラズマシミュレーション研究室

磁気圏プラズマ乱流

磁気圏

地球や木星など固有の磁場をもつ惑星の周辺には,磁場の影響により太陽などから飛来する高エネルギーの荷電粒子(プラズマ)が捉えられています.磁場はカゴのように荷電粒子を捉える効果があるものの,粒子同士が衝突したり乱流による乱れが生じたりすることによって次第にプラズマは漏れていきます.開かれた宇宙空間でプラズマが自発的に高密度,高エネルギーの閉じ込め状態を形成する(自己組織化)メカニズムはよく分かっていません.双極子磁場と呼ばれる磁場構造が,このようなプラズマの閉じ込めに重要な役割を果たしていると考えられています. 一方,地球上では,高エネルギーのプラズマを磁場のカゴによって装置内に閉じ込め,プラズマ中で核融合反応を起こすことによって膨大なエネルギーを生成する磁場閉じ込め核融合の開発が進められています.未だ実現には至っていませんが,クリーンで恒久的なエネルギー源としてその成功が期待されています.宇宙のプラズマと地上のプラズマでその基本的な性質に違いはないため,相補的な研究が行われてきています.実際に,磁気圏の双極子磁場によるプラズマ閉じ込めをヒントにして磁気圏を模した核融合方式が提案され,日本,アメリカを筆頭に中国やニュージーランドなどで実験装置が建設(計画中,停止済みを含む)されています. 磁気圏プラズマの動態を理論的に研究することで,自然現象の理解と核融合発電装置の高性能化の双方に貢献することが期待されます.

磁気圏プラズマのゆらぎ
磁気圏では高エネルギーのプラズマが双極子磁場に捉えられています.電子とイオンが東西逆方向にゆらぎを励起しようとしますが,温度が異なるときには一方のゆらぎのみが卓越し,乱流をとおしてそのエネルギーを他方に伝え双方の温度は等しくなろうとします.

エントロピーモード乱流による粒子種間の熱交換メカニズム

本研究では,磁気圏プラズマの乱流揺動の性質を理論的に解析することによって,乱流をとおした粒子種間(電子とイオン)の熱緩和が起こるメカニズムを新たに発見しました. 磁気圏では,惑星が作る双極子磁場中にプラズマが閉じ込められています.プラズマ中に密度勾配があるとプラズマは不安定になり乱流が駆動されますが,磁気圏磁場中では曲率や勾配の存在によってエントロピーモードと呼ばれる特定のゆらぎが駆動されます.エントロピーモードは,軽い流体の上に重い流体が置かれたときに重力の効果によって流体が入れ替わろうとする交換型モードと呼ばれる流体現象とよく似ていますが,波動の共鳴など詳細な物理現象が関わっているため運動論と呼ばれるモデルを用いて記述する必要があります.本研究では,これまでに磁気圏プラズマの乱流の解析に用いられてきたジャイロ運動論と呼ばれる簡約化されたモデルを用いています. ジャイロ運動論モデルに基づいてエントロピーモードのエネルギーを解析すると,電子とイオンの温度差があるときには,温度に応じて主体的な役割を果たす粒子種が交代することがわかりました.より高温の粒子種は負のエネルギーをもつため,不安定性を駆動し,背景場からエネルギーを吸収してゆらぎを成長させます.ゆらぎが成長して乱流状態になると,異なる粒子種の間で相互作用がおこりエネルギーを交換することができます.その結果,温度が高い粒子はそのエネルギーを温度の低い粒子に伝達することができ,最終的に粒子種の温度は等しくなろうとします.図 1は,ジャイロ運動論モデルに基づいてプラズマの乱流シミュレーションを行った結果得られるエネルギー交換の量を示しています.横軸はイオン温度の電子温度に対する比で,値が大きいほどイオンが高温であることを示しています.縦軸の値はイオンが受け取るエネルギー量(マイナスであればイオンが電子に受け渡すエネルギー量)を示しており,イオンの温度が高ければ,イオンは電子にエネルギーを与えるという結果がシミュレーションによって得られたことを示しています. 温度の異なる二種類の流体を混ぜると次第に両者の温度が等しくなることは日常的に見られる現象ですが,このような熱緩和が起こるためには流体を構成する目に見えない粒子が衝突によって相互作用している必要があります.しかし,宇宙プラズマでは一般にほとんど衝突が起こらないため異なる温度の流体が緩和して等温になるかどうかは自明ではありません.本研究では,磁気圏プラズマが衝突がないにもかかわらずエントロピーモード乱流によって等温になろうとするこれまで知られていなかった性質を新たに見出しました.

Ion heating via entropy-mode
粒子種の温度比と乱流によるイオン加熱量の関係をあらわしています.ジャイロ運動論シミュレーションによって,温度が高い粒子種が他方の粒子種にエネルギーを受け渡すことによって熱緩和が起こることが示されました.

今後の期待

宇宙では,ブラックホールの重力ポテンシャル,超新星爆発,太陽フレアなどをエネルギー源として大小さまざまなプラズマ現象が展開されています.エネルギーはプラズマの温度や高エネルギー粒子となって観測されるため,その変換過程への理解は宇宙の諸現象を理解するために重要な情報を提供します.本研究で取り扱った乱流による熱緩和過程は,そのようなエネルギー変換の一種です.どのような環境でこのメカニズムが重要になりえるのか,その検証が待たれます.まずは,この新たな知見が実験や観測によって実証されることが期待されます.東京大学の磁気圏型プラズマ閉じ込め実験装置RT-1は現在世界で唯一磁気圏型プラズマを生成することができる装置です.RT-1グループとの共同研究によって,本研究で得られた現象を実際に観察する計画を進めています. また,得られた知見を用いて能動的にプラズマを制御し,より高性能化させることができるかもしれません.核融合発電ではイオンを高温にし,核融合反応を起こさせる必要がありますが,これまでイオンを電子ほど高温にすることはできていません.電子とイオンの熱緩和によってイオンを加熱することが自立燃焼を維持するために必要となります.新たに電子とイオンをうまく相互作用させる手法を開発することで,核融合炉の自立燃焼達成への貢献が期待されます.

参考文献

  1. Thermal equilibration in collionless magntospheric plasmas via entropy-mode turbulence,
    R. Numata, Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 538, L94-L99 (2025). doi:10.1093/mnrasl/slaf010